「リスク」を理解し、どのように扱っていくかを知ることで、世の中の変化を軸がぶれることなく客観的に見ることが出来ようになると思います。日常社会の非合理的な評価に気づき、企業経営においては地球温暖化対応やSDGs 活用など経営戦略の新たな展開が期待できます。

リスクとハザード

インターネットで検索すると個人のイメージで論じているものが見られますが、ハザードとリスクは、「ISO/IEC Guide 51:2014」で明確に定義されています。以下のとおりです。

ハザード(hazard) :危害の潜在的な源
リスク(risk) :危害の発生確率及びその危害の度合いの組合せ(発生確率には,ハザードへの暴露,危険事象の発生,及び危害の回避又は制限の可能性を含む。)

以上の定義で重要なことは、リスクは発生確率と、その影響の程度がわかっている点です。その他としては、リスクには「好ましくないこと」「マイナス」のイメージがともないますが、情緒的な表現が重要な文章で無い限り、あまり本質的なことではありません。

リスクと不確実性

リスクとは「発生確率及びその危害の度合い」がわかっている事象であり、「発生確率及びその危害の度合い」がわからない事象を不確実性という。少なくとも、気候変動問題等の環境問題では明確に使い分けています。
不十分な理解の下で、リスクとは不確実性と述べている方もいるようですが、リスクと不確実性は明確に違うものです。むしろ、現実的な対応においては、対極的な行動となるといってもよいと思います。

どのようなときにリスクを考えるか

  • 事後では手遅れになる事象の対策を検討するとき
  • 試してみることができず、発生すると取り返しのつかない事象への対応を検討するとき
  • なにか利益(ベネフィット)がありそうだが、不利益も考えられるとき(投資、戦略等)

リスクとベネフィット

ハザードとは、人の行動と関係なく、そこにある危険な存在ですが、リスクとは人の行動に伴うことが前提と考えて良いと思います。なぜ、人の行動にリスクが伴うのかというと、そこにはベネフィット(便益)があるからと考えるのが自然です。すなわち、リスクはベネフィットと合わせて考えるものです。ベネフィットとリスクを合わせて考える際のプロセスは以下の通りです。

  1. ベネフィットとその際のリスクのそれぞれの評価
  2. ベネフィットとリスクの評価結果を比較して、採否の判断
  3. ベネフィットを選択する際のリスクに対する準備(覚悟)

日本人とリスク

リスクと不確実性が区別できない理由の一つに、確率的な(統計的な)ものの考え方が苦手な日本人があるかもしれません。事象の発生が、0%もしくは100%でなければ、それは不確実な事象であると認識してしまうのです。このAll or Nothing の考え方は、ときに経済的に不合理な結果に至るか、もしくは、妄信的になり真実から目をそむけた結果として想定外の危機に至る恐れがあります。たとえば、東日本大震災以前の日本の電源構成における原発の選択はその象徴かもしれません。
以下は、リスクと不確実性が区別できないとした際の思考の流れの一例です。

  1. 物事の結果を統計的に(確率的に)考えることが出来ない
  2. 期待値に対する評価や判断が出来ない
  3. ベネフィットとリスクの比較の結果としての選択が出来ない
  4. ベネフィットにノーリスクがある(絶対の安全がある)と信じる
  5. 絶対の安全のために不経済な選択をする
  6. 絶対の安全に盲信し危険を忘れ、想定外の危機を生み出す

リスク評価

リスク評価の考え方を示します。評価したリスクは、リスク同士で比較したり、ベネフィットと比べて選択に繋がります。


期待値

もっとも単純な評価方法は、期待値としての評価です。リスクは、「発生確率及びその危害の度合い」がわかっているので、以下の通りに計算できます。

ただし、この評価式で危険性を評価するには大きな課題があります。発生確率は非常に小さいが危害が甚大な事象と発生確率は大きいが危害が微小な事象のリスクが同じと評価されてしまう可能性があります。たとえば、取り返しのつかない事象の発生の価値判断が含まれていない可能性があります。このような場合、期待効用仮説を踏まえて効用関数を利用する方法があります。

確率と影響度

等期待値曲線を発生確率と危害(影響度)の度合いの2軸でプロットして、事象をどこに配置するかで優先順位付けをおこなう方法があります。この場合、同一の等期待値曲線上にある事象は同じ期待値を持ちますが、事象発生の特性は大きく異なり、取り返しのつかない事象の発生に対する価値判断ができます。

リスク(標準偏差)とリターン(期待値)

ベネフィットに対するリスクをベネフィットと同時に考える際に、ベネフィットとリスクを合わせてリターン(期待値、期待収益率)として、リスクをそのバラつき具合(標準偏差)とする評価方法があります。
この場合、ベネフィットとリスクを同じ評価軸(例えば、経済的指標)に乗せて、収益性を評価する必要があります

期待効用仮説

一般に、確実に得られうる値は、不確実な変数の期待値より小さくても良いと評価(確実性等価)されます。言い換えると、リスク回避者は確実に得られる価値に対して正のプレミアム(=リスク・プレミアム、リスク・ディスカウント)を支払います。
これは限界効用が低減すると仮定すると、次のように説明できます。ここでは、低減する限界効用として、効用関数をU =√{x} としました。
得られる所得とその確率を、それぞれ100 と0.5、400 と0.5 とします。この場合、所得の期待値は250 となり、数学的には250 の所得を確実に得られることと同じです。一方、得られる効用とその確率は、それぞれ10 と0.5、20 と0.5 となり、効用の期待値は15 であり、これに対応する所得は225 となります。つまり、効用で期待値を考えると、25 小さく評価されます。この25 の差分をリスク・プレミアムもしくはリスク・ディスカウントと言います。この場合、確実に得られる所得が225 を下回らなければ、確実に有られる所得が選択されるということです。

シナリオ分析

  • 将来のリスクを考えるときに、将来の選択を踏まえて、その方向性すなわちシナリオを考え、それに沿ってリスクを評価し、方向性を選択する方法
  • 選択することにより、将来のリスクがその確率・影響度において修正されてしまう場合、選択した場合のシナリオを描き、そのシナリオの内容を評価して方向性を判断
  • 実効性のある事前検証が難しく、発生してしまうと取り返しのつかない事象に対する選択などに適用

環境問題におけるリスク評価

気候変動対策をはじめとして、リスク評価は重要なプロセスです。

リカバリ性・不可逆性(時間軸の考慮)
  • 事前検証ができない
  • 起こってしまうと取り返しがつかないことが多い(規模的に)
気候変動対策の考え方
  • 気候変動対応は全世界的に経済的なメリットとデメリットを比較した結果の選択
  • 現時点では科学的にもっともらしい選択
  • 不可逆性を考慮した選択が必要
  • 現実として、社会的なルールが変わろうとしている。今後の全世界的なルールに乗るか反るかの選択であることを認識すべき問題

以上(2021/9/15、2021/9/19更新)